友人について
(2000.9.17)
15,16日と山中湖へテニスの合宿へ行って来ました。メンバーは8名、平均年齢は50歳強、みんなテニスが大好きです。16日は朝から雨でしたが、メンバーの一人がすぐ河口湖のフィットリゾートクラブへ電話、まだ降っていないとのことでしたのですぐ移動。運が良いというか、平井プロによる無料レッスンがあるとのことでしたので、私を含めて3名は初級クラスと続いての中級クラスに参加させていただきました。苦手だったボレーが少し出来るようになったので、平井プロには有り難うとお礼を言いたいと思います。また、私のラケットが10数年前の物であること、パンツが20年以上前の物であることを目ざとく見つけられ、私としては少し恥ずかしい思いをしましたが、私としては使えるものは何時までも使うのが当然と思っていますので、全く気にしていません。
今回のメンバーの内3名の方は初めてあった方で、またこれからも一緒にテニスをしようとその連絡用にメーリングリストも立ち上げました。この年になってもまだ友人が増えています。本当に楽しい限りです。
君子の交わりは淡きこと水の如し
(2000.2.27)
最近友人と会う機会が増えてきた。お互いにがむしゃらな時代を過ごして昔のことが懐かしく思われるようになったということでしょうか。あるいは、いろいろ聞いてもらいたい話がでてきたということでしょうか。
我々の年代では、もう両親がかなりの年です。相談に乗ってもらうことができない人も多くなりました。私もその一人です。ですが、家族、兄弟、友人がいますのでまだ救われています。もし誰もいなかったら自分はどうなるのか想像できません。人は一人で生きていっているように感じているかもしれませんが実は大きな間違いです。人が生かしてくれていると思うべきではないでしょうか。
知らぬ仏より馴染みの鬼
(2000.1.23)
昨日は1年振りのテニスでした。メンバーは高校の同級生と私の友人で平均年齢は50歳です。ですが、そのテニスは20代といっても通るもので、4時間があっという間に過ぎてしまいました。
私は最近は年一回程度しかしていませんので疲れましたが、残りの5名はまだやり足らなかったみたいです。ずっと続けていたら、50になっても20代と同じ体力を維持できると言うことです。
私も彼らに負けないようにもう少し体を動かそうと思っています。
求めよさらば与えられん/Ask, and it will be given you.
(1999.4.25)
昨日は、2月に参加した炭焼きリーダーの方の転勤祝い、今日は子供のボーイスカウトへの体験入団(と言っても大げさなものではなく一緒に話をしただけなのですが)、それで二日間つぶれてしまいました。
炭焼きのリーダーの方は高校の教頭先生で今度は夜間高校へ異動されました。聞いたところでは今は昼働いているので夜間へ行くのではなく不登校児、他校の退学児が行くのだそうです。それでも定員(40名)に至らず、今年は障害者を受け入れることになったそうです。
なかなか面白い先生で、多分生徒にも人気があるのではないかと思います。これからの活躍を期待しています。
深い川は静かに流れる
(1999.2.27)
昨日は中学時代の友人達との集まりでした。一人が趣味で作ったビールを飲んだのですが、結構こくがあり普通のビールとはかなり違った味でした。
実は最近私の周りで50代前半で亡くなられた方が多いのです。死因は癌とくも膜下出血です。私達ももうすぐ50歳になりますので、もういつ何があってもおかしくない年齢です。いつも会うと遅くまで飲み、場合によっては夜を徹してということもあります。それゆえ、ちょっと会い方を変えようとの話も出ています。
最近、酒量も増えまたスポーツからも離れていますので、この辺りでこれからの人生設計をしてみたいと思います。
益者三友損者三友
(1998.10.28)
最近企業の合併が相次いでいますが、私の知り合いが社長をしている会社と友人が勤務している会社との合併が決まりました。実は友人は、その合併の担当をしています。
対等な合併といっても本当は吸収合併が多いのが現実です。今回のこともそのように見受けられます。ですが、この時期会社を潰す可能性があることを考えれば合併により社員の仕事が確保できれば良しとすべきではないでしょうか。
合併し、一つの会社になって仕事をしていく中で二人がどのような関係になるのか、私には全く判りませんが、それぞれの立場で頑張っていただきたいと思います。
人間到る処青山有り
(1998.8.23)
メールのやりとりだけで一度もお会いしていないので、友人と言うよりはまだ知人と言うべきかもしれませんが、永山(旧姓米岡)久徳(朝日高校昭和43年卒)さんという方がおられます。現在、鷲羽山下電ホテルの若旦那をされています。
岡山在住の方はおわかりでしょうが、8月8日に食中毒を出したホテルです。食中毒を出すことはホテルにとっては大変なことです。ですが、出してしまったわけですから、そのことにどう対処したか、再発を防ぐためにどのように対応していくのか、本当に彼が評価をされるのはこれからだと思います。
今回のトラブルについての詳細は、食中毒事件簿第1版に自身の言葉で書かれていますので、明日の我が身と思い是非ご一読願います。
艱難汝を玉にす
(1998.8.17)
去る16日は岡山での同期会でした。内5名の方とは卒業以来の再会でした。
皆さんは自分に友人がいなかった時のことを考えてみたことはありますか。それは、私にとってはあまりにも恐ろしいことなのです。そのような人生は考えられません。それ故、友人を大事にしているつもりなのですが、でも多くの友人を失ったのも事実です。それも自分の失敗からです。本当に辛いです。だから、今の友人を大切にしたいと思います。
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